欧先生の診察室

会員誌『カラフル』にて連載のコラム。
日々の暮らしの中で気になる症状や、季節の変わり目のお悩みに
佐々木欧先生がやさしくアドバイスしてくれます。

2024.09.03

認知症ってなあに?

  • 高血圧と糖尿病で通院中のWさん(56歳、女性)。いつもとはうって変わって、暗い表情をしていました。久しぶりに実家に帰省したところ、家に物があふれていて驚いたとのこと。同じ買い置きがいくつもあったり、ひとり暮らしの母親(86歳)の様子がおかしいので病院に連れていったところ、軽度の認知症疑いとのことでした。

  • Q.片づけられないのも認知症の症状と伺いました。ほかにはどういった症状がありますか?

    Dr. 記憶障害をはじめとする主要な症状と、不安や抑うつなどの関連症状とがあります

    認知症の主要な症状として、記憶障害や理解・判断力の低下が起こり、現在の場所や時間がわからなくなったり、作業に段取りをつけて行うのが困難となったりします。例えば、同じ話を繰り返してしたり、片づけられなくなったり、家電製品の操作ができなくなったりします。これらの症状に関連して、落ち込んだり、怒りっぽくなったり、頑固になったりと、気分や性格・行動に変化が現れます。症状の現れ方や、出現する時期には個人差があります。

  • Q.認知症になる人は、多いですか?

    Dr. 65歳以上の日本人の約8人に1人が該当し、予備軍も含めると約3.6人に1人に達します

    認知症の有病率は、加齢とともに急激に増加する特徴があります(下図)。65歳以上での認知症の有病率は12.3% で、予備軍は15.5% でした。以前は調査するたびに上昇を続け、2012 年のピーク時には認知症は15.0% に達し、予備軍は13.0% でした。この10年間で認知症の有病率は低下しているのに対して予備軍の有病率は増加しており、予備軍で踏みとどまる人が増えています。喫煙率の低下や、高血圧の抑制、健康志向の広がりといったさまざまな要因のたまものと考えられています。

  • Q.認知症には、どういった病気がありますか?

    Dr. アルツハイマー病や、脳卒中関連の認知症が大部分を占めます

    我が国の2012 年の調査では4つの疾患が認知症の約9割を占めており、上位から順に、アルツハイマー病67.6%、血管性認知症19,5%、レビー小体型認知症または認知症を伴うパーキンソン病4.3%、 前頭側頭葉変性症1% でした。

  • Q.どういった人が認知症になりやすいですか?

    Dr. 高齢者では、喫煙や社会的な孤立、糖尿病などがリスク因子です

    世界中の研究をまとめた2020年のLancet(ランセット)誌の総説によると、12のリスク要因を改善することで、認知症の40%を予防したり、発症を遅らせたりできると推定されています。内訳は、若年期(44歳以下)の教育不足(*注)(7%)、中高年期(45-65歳)の難聴(8%)• 頭部外傷(3%)• 高血圧(2%)• 過度の飲酒習慣(1%)• 高度な肥満(1%)、老年期(66歳以降) の喫煙(5%)• うつ病(4%)• 社会的な孤立(4%)• 運動不足(2%)• 大気汚染(2%)•糖尿病(1%)となります。
    我が国においても福岡県の久山町では、1985 年から30年以上にわたって健康にまつわるさまざまな研究調査が継続中ですが、認知症のなかでもアルツハイマー病の有病率のみが時代とともに増加しました。その背景として、糖尿病およびその予備軍の有病率が増加したことによる影響が大きかったと推定されています。高血圧は脳血管性認知症のリスク因子です。喫煙はアルツハイマー病や脳血管性認知症のリスク要因であり、禁煙することでこれらの認知症の発症リスクが低下しました。なお、我が国の研究では過体重でなく、やせすぎが認知症のリスクでした。
    *注:学校教育を受けた年数が長いほど脳が発達し、認知機能が保たれやすい傾向があります。

  • Q.認知症の予防に良い食事はありますか?

    Dr. 米やお酒は控えめに、大豆製品や野菜、海藻、乳製品をふんだんにとることが有用です

    久山町研究に基づく2013 年の報告では、認知症の予防につながる食事の特徴として、米や酒の摂取量が少ないのに対して、大豆製品、緑黄色野菜、淡色野菜、海藻類、乳製品の摂取量が多いことが挙げられています。伝統的な日本食をベースに多彩な野菜をとり、乳製品でカルシウムも補い、炭水化物やアルコール類はとりすぎないことを心がけましょう。

  • Q.治療について教えてください

    Dr. 病気の種類に応じて薬で治療しますが、生活環境の整備も重要です

    高血圧や糖尿病といった認知症のリスク因子についても、必要に応じて治療します。認知症の薬は、アルツハイマー病の治療薬の開発が盛んです。内服薬や貼り薬があり、最近では注射薬も登場しました。いずれも病気の進行を遅らせますが、認知機能を回復するほどの効果は得られておりません。認知機能が低下しても、それを踏まえて生活環境の整備を行ったり、ご家族や周囲の方々と一緒にコミュニケーションの工夫をすることで、よりスムーズな生活を送ることが可能になります。これは、薬での治療以上に大切な取り組みです。

  • Q.家族として気をつけることはありますか?

    Dr. 認知機能が低下しても、感情は長く残ります。ご本人のペースを尊重してあげてください。

    認知機能は外部からの刺激に反応して使うことで維持されます。視覚や聴覚からの情報は非常に重要です。眼科で白内障の治療やメガネの調整を行ったり、耳鼻科での補聴器の相談などを、適宜行いましょう。
    何をしていたか忘れてしまっても、嫌な気分になったことや、楽しく笑っていたことなど、感情が動いた印象は長く残ります。ご本人に関することを、当事者を蚊帳の外に置いて話を進めてしまうと、疎外感はしっかりと伝わってしまいます。
    認知機能には変動があり、良いときと悪いときとがまだらに混在します。起床時は比較的しっかりしていることが多いので、大切な相談ごとはなるべく午前中に話をするなど、ご本人の様子を見ながらタイミングを工夫してみましょう。
    認知機能が低下すると、現在の認識があいまいになってしまいます。目の前にない事柄が意識からこぼれ落ちてしまう一方で、過去の記憶が不意に呼び起こされて、目の前の現実を塗り替えてしまうことがあります。その世界観に合わせて、脳は目の前の現実さえも都合よく解釈するので、周囲の人が間違いを正そうと真っ向から否定すると、ご本人はますますかたくなになって怒り出してしまいます。そんなときには話題を変えたり、ご本人の世界観に合わせて役者になりきって話を合わせるなど、変化球で返してみることをおすすめします。

  • Q.脳トレや計算ドリルなどをやらせたほうが良いでしょうか?

    Dr. 強制してはいけません

    脳トレなどをすることで、一時的に認知機能が改善する場合はありますが、嫌がる場合には無理強いしてはいけません。認知症の患者さんは、できていたことが、できなくなっていることについて深く傷ついていらっしゃいます。良かれと思ってしたことで、かえって自信を失い落ち込んでしまうこともあります。
    失われつつある記憶機能や計算機能にこだわりすぎないことが大切です。音楽鑑賞でも、映画鑑賞でも、植物を育てることでも、ご本人が楽しんでできることなら何だっていいのです。そして、できることなら一緒に楽しんでください。何ができるのかが重要なのではなくて、楽しい時間を過ごしたという感情の印象が長く残るのですから。

  • 認知症の予備軍で踏みとどまれる人が増えているのですねと、明るい表情に戻ったWさん。外から見える形で収納したり、引き出しに絵を貼っておく工夫についても教わり、暮らしやすい環境作りを母と相談しながらやってみますと言って帰ってゆきました。

佐々木欧(ささき・おう)

医師。東大病院で長年アレルギーやリウマチ(膠原病)の診療に従事。
現在は秋葉原駅クリニックで内科全般の診療を手がけている。
生活のなかで実践できるセルフケアの開拓や患者さんの不安を軽くできる、やさしい医療を目指している。

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