2017.08.23
自筆証書遺言について(2)①
皆様、今年も暑い日が続いておりますが、いかがお過ごしでしょうか。
さて、今回は「自筆証書遺言」において想定される色々なケースにおいて、それが有効な遺言となるのか否かについて、考えて参りたいと思います。自筆証書遺言については、いろいろと注意すべき点も多いので、2回に分けて考察することとし、今回は、下記の3点を、Q&Aで考えてみたいと思います。
Q1.私の父が亡くなりました。父は風景を撮影するのが趣味でしたが、この度、遺品を整理していたところ、「遺言」と書かれたラベルの貼られたDVDが見つかりました。再生してみますと、父が家族に向かって遺言の内容を話している模様が撮影されたビデオレターでした。これは有効な遺言になるのでしょうか。
A1.自筆証書遺言とは、民法では「遺言者が遺言書の全文、日付及び氏名を自分で書き、自分で印鑑を押して作成する遺言である」とされています。
すなわち、遺言者の筆跡を手掛かりにして、遺言者が、いつ、どんな内容の遺言をしたかを明らかにするための方式である、ということができます。
そして、この自筆証書遺言を作成する場合には、次の4つの重要な作成要件があり、これらの全てを充たしている必要があります。
(1)遺言者が遺言の全文を自書すること
(2)遺言者が日付を自書すること
(3)遺言者が氏名を自書すること
(4)遺言者が遺言書に押印すること
この「自書」とは、自分の手で書くということであり、こうすることにより、遺言者の真意を判定することができますし、遺言書の加除変更がしにくくなると考えられているのです。そして、これらのうち、どれか1つでも欠けていると、自筆証書遺言としては無効となってしまいます。
これをQ1の場合においてみますと、お父様は、ご趣味を生かして、趣向を凝らした遺言を作られたようですが、上記の要件を全く充たしていませんので、残念ながら、自筆証書遺言としては無効です。
同様に、テープレコーダーやICレコーダーに吹き込んだ遺言も、遺言者の肉声を伝えるには便利ではありますが、これも自筆とはいえませんので、自筆証書遺言としては無効です。
また、最近はどなたもパソコンをお持ちになっていますので、「パソコンのワープロソフトで遺言書を作成して、プリントアウトしたものに捺印する」ということを考えている方も居られるかもしれません。しかし、バックナンバー(2017.03.29 Q3.A3)でも触れましたが、これも上記(1)の要件を充たしていませんので、自筆証書遺言としては無効となります。
Q2.私の父は、意識はしっかりしていたのですが、亡くなる10年前に患った脳梗塞の後遺症が右半身に残ったために、右手が十分に動かなくなってしまいました。 そのため、父に、「遺言書を書きたいので手伝ってくれ。」と頼まれ、私は、父の右手に「添え手」をして、父が遺言書を書くのを手伝いました。その後、父は亡くなりました。 この遺言書は有効でしょうか?
A2.これも、A1.で述べました自筆証書遺言の要件の(1)と関連します。 他人の補助を受けた場合は「自書」といえるのか、という問題です。
この点については、最高裁判所の判例で基準が示され、
① 遺言者が遺言書を作成した時に、自分の手で書く能力を有していたこと。
② 他人の添え手が、単に始筆もしくは改行にあたり、もしくは字の間配りや行間を整えるために遺言者の手を用紙の正しい位置に置くにとどまるか、又は、遺言者の手の動きが遺言者の望みにまかされていて、遺言者は支えを借りただけに過ぎないこと。
③ 添え手をした者の意思が遺言書の内容に介入した形跡がないことが、筆跡から判定できること。
という要件を全て充たす場合には、「自書」の要件を充たし、遺言は有効であるとされました。
この基準を当てはめてみますと、あなたのお話では、お父様は、遺言書を書かれた時に、十分ではないにせよ、ご自分で字を書くことができたようですので、①の要件は充たされていると言えます。
さらに、あなたの「添え手」が、お父様の手を書面の正しい位置に置く程度のものであり、お父様の手がお父様の思う通りに動く状態で、遺言書の内容にあなたの意思が含まれているということがなければ、②と③の要件も充たされることになります。
したがって、これらの要件を全て充たすと判定されれば、お父様の遺言書は有効となります。
Q3.私の祖母が亡くなりました。祖母は華道の師範をしており、師範としての雅号を持っていましたが、見つかった自筆証書遺言には、氏名が、祖母の本名ではなく、その雅号で書かれていました。 この場合、本名で書かれていないので、遺言は無効になってしまうのでしょうか。
A3.これは、A1.で述べました自筆証書遺言の要件のうち、(3)と関連します。 自筆証書遺言の要件として氏名の自書が要求されているのは、誰が遺言者であるかを特定するためであり、必ず戸籍上の氏名と一致していなければならない訳ではなく、通称、雅号、芸名などであっても、遺言者と特定できる名称であれば足ります。
また、民法上も、氏名の自書が要件とされているだけで、その「氏名」については指定されていません。
したがって、この遺言は有効です。
次回も、同じテーマで3つのQ&Aを考えておりますので、お楽しみに。