2020.04.21
自筆証書遺言について(2)⑤
新型コロナウイルスが全世界に蔓延し、社会・経済全体に大変な影響が出ていますが、皆様は、いかがお過ごしでしょうか。もし、感染されたご親族やご友人が居られましたら、心よりお見舞い申し上げますとともに、一日も早いご快癒をお祈り申し上げます。
さて、本コラムにおきましては、前回・前々回の2回にわたって、約40年ぶりに大きく改正された民法の相続に関する規定、及びこれと関連する新しい制度について、お話しして参りました。
そして、この大半が令和元年7月1日より施行されていますが、これまでの本コラムで未だお話できていない箇所もあります。そこで、今回のコラムでは、この度の改正点のうち、これまでに本コラムで未だ取り上げていない箇所について、述べてみたいと思います。
1.「相続させる」旨の遺言の効力についての見直し
(事 例)
私は、先日亡くなったXさんに、生前お金を貸していました。
Xさんの相続人は、長男のAさんと、次男のBさんの2人です。
Xさんの相続財産は、Xさん名義の土地と、その土地の上に建っているXさん名義の家屋のみで、私がXさんに貸していた金額は、この土地と家屋の価格の合計の半分程度の金額になります。
私は、土地と家屋がXさん名義であることを、生前にXさんから聞かされて知っていましたので、AさんとBさんが法定相続分をXさんから相続したら、Bさんの相続分を差し押さえて、Xさんに対する債権を回収しようと思っていました。
ところが、Xさんが、「私名義の土地と家屋を長男のAに相続させる」という遺言を作成していたことが、後になって分かりました。
Q1.Xさんが作成していた「相続人〇〇に相続させる」という遺言には、どのような性質があるのでしょうか。
A1.このような、特定の財産(このケースでは、Xさん名義の土地と家屋になります)を共同相続人のうちの1人に「相続させる」とする遺言は、「特定財産承継遺言」と言われています。
実務では、特定財産承継遺言については、遺言の効力が発生した時(被相続人が死亡した時です)に、遺言で指定された承継人に対象とされる財産が承継され、相続人間の遺産分割協議においても、この内容に反する遺産分割をすることはできなくなる、とされています。
Q2.特定財産承継遺言において、「相続させる」とされる財産の価値が、承継人とされる相続人の法定相続分に相当する価値を上回る場合は、どうなるのでしょうか。
A2.特定の財産(不動産)について「相続人○○に相続させる」という特定財産承継遺言が作成された場合に、法定相続分を超えて当該不動産を全部取得できるか、という点については、平成14年6月10日の最高裁判所大法廷での判決において、「相続させる」旨の遺言によって不動産を取得した者は、登記なくしてその権利を第三者に対抗することができる、と判示されました。
従って、このケースでは、Aさんが単独でXさん名義の土地と家屋を取得するとしますと、Aさんの法定相続分を上回ることになりますが、この最高裁判決の結論によれば、Aさんは、Xさん名義の土地と家屋を全部取得したことを、登記をしなくても、あなたに対抗することができる、ということになります。
Q3.この結論には、どのような問題があるのでしょうか。
また、今回の改正により、この点は変わったのでしょうか。
A3.今回の改正までは、この最高裁判決に則って実務が運用されていました。
しかし、「相続させる」の対象となる者以外の相続人の法定相続分を差し押さえて債権の回収をしようと考える相続債権者は、そういう遺言の有無や内容を知ることができません。ですから、この最高裁判決の結論では、あなたのような相続債権者の利益が害されることになります。
そこで、今回の改正では、この運用が見直され、「相続させる」旨の遺言であっても、法定相続分を超える部分については、登記等の対抗要件を備えなければ、第三者に対抗することができないこととされました。
これにより、上記のような、「相続させる」旨の遺言の有無や内容を知り得ない第三者の不利益を解消できることになりました。
この改正は、令和元年7月1日より施行されています。
2.相続人以外の者の貢献を考慮する措置
(事 例)
私の義父(X)が、先日亡くなりました。
Xには、私の夫である長男Aと、長女B、次男Cの3人の子があります。
Xは、義母(Y)と2人で暮らしていたのですが、Yが10年前に病気で亡くなってからは、長男であるAがXを呼び寄せ、以後、Xと同居して生活してまいりました。
ところが、Aは、3年前に不慮の事故で亡くなり、その後は、私が引き続きXと同居して、Xが亡くなるまで、一手に介護を引き受けてまいりました。
しかし、長女Bと、次男Cは、結婚して実家を離れてからは、年に数回訪ねてくる程度で、Xの介護を手伝ってくれたことはありませんでした。
なお、私ども夫婦には、子供はおりません。
Q1.原則では、この方のケースでは、相続人はどうなりますか。
A1.このケースでは、被相続人Xさんの配偶者であるYさんが既に亡くなっていますので、Xさんの相続人はAさん、Bさん、Cさんとなりますが、AさんもXさんより先に亡くなっており、Aさんには子供が居られないとのことですので、代襲相続(2015・9・16の本コラムで取り上げました)も発生しませんから、結局、相続人はBさんとCさんの2人となります。
Q2.Aさんの奥さんは、Aさんの死後、Xさんの介護を1人でなさっていたようですが、相続財産を何も受け取れないのですか。
A2.Aさんの妻は、被相続人の親族ではあるのですが、相続人ではありません。
従って、これまでは、このケースのように、長男の妻が被相続人の介護を全て行っていた場合であっても、相続人ではないということで、一切相続財産を受け取れないということになっていました。
Q3.それは不公平ではないかと思いますが、この点について法改正はあったのですか。
A3.確かに、この原則通りでは、被相続人の介護に一切関わることのなかった相続人が問題なく相続財産を受け取れることと比べると、不公平であることは否めません。
そこで、今回の改正では、このケースのような相続人以外の者の貢献に対する考慮がなされることになり、相続人以外の被相続人の親族が無償で被相続人の療養看護を行った場合には、相続人に対して金銭の支払い(改正民法では「特別寄与料」と呼ばれています)を請求できることになりました。
従って、この方のケースでは、この特別寄与料を請求することによって、不公平を是正することができます。
特別寄与料は、まず相続人(このケースではBさんとCさんです)に請求することになりますが、相続人との協議がうまくいかない場合には、協議に代わる処分を家庭裁判所に請求することができます。
但し、請求できる期間に制限があり、相続の開始(このケースではXさんの死亡となります)及び相続人を知った時から6か月を経過した場合には、請求できなくなります。また、これらを知らなかったとしても、相続開始の時から1年を経過した場合には、やはり請求できなくなりますので、ご注意下さい。
なお、この改正につきましては、令和元年7月1日より施行されています。
ここまで、今回の相続の法改正についてお話してまいりましたが、配偶者居住権という権利が新しく規定されておりますので、次回は、この配偶者居住権についてお話ししたいと思います。どうぞお楽しみに。
それでは、皆様、どうか健康に気を付けてお過ごし下さい。