2020.10.20
配偶者居住権について①
今年の夏は、新型コロナウイルスの感染拡大が止まらない上に、記録的な猛暑となり、体調管理に非常に気を遣われたことと存じますが、皆様は如何お過ごしでしょうか。
さて、本コラムにおきましては、約40年ぶりに大きく改正された民法の相続に関する規定、及びこれと関連する新しい制度についてお話しして参りました。今回のコラムにおきましては、この民法の改正によって新しく設けられ、今年の4月1日から施行されている配偶者居住権について、今回と次回の2回に分けてお話ししたいと思います。
(事例)
私の夫(X)が亡くなりました。
相続人は、妻の私(Y)と長男(Z)の2名です。
相続財産は、Xと今まで住んでおりました自宅の他は、預貯金があります。
自宅の評価額は2000万円、預貯金は2000万円です。
なお、Zは結婚して独立して生活しています。
Q1.配偶者居住権がないと、この場合、どういう問題が発生するのですか。
A1.この事案の場合、Xの相続人は、妻のYと長男のZの2人ですから、2人の相続分は各々2分の1となります。
つまり、2人で相続財産を1:1の割合で取得することになる訳ですが、民法で定められているのはここまでで、具体的に個々の相続財産をどの様に取得するかは、相続人の協議で決まることになります。
もちろん、全ての相続財産をYとZで各々2分の1ずつ相続することについて、YとZの間で何も異議がなければ、問題はないと言えるでしょう。
しかし、実際には、例えば、Yは、今まで夫と一緒に生活してきた自宅に引き続き住みたいし、Zは、結婚して独立しているので自分の相続財産を預貯金から受け取りたい、という思惑がある場合もあります。
仮に、YはXとは再婚で、ZはXと前妻との間との子であった様な場合には、YとZは普段から折合いが悪く、尚更この様な思惑が強くなる、ということもあり得ます。
しかし、この事案において、その様な思惑の通りに相続財産を分けますと、
Y・・・自宅(2000万円)
Z・・・預貯金2000万円
となり、Yとしては、引き続き自宅に住むことはできますが、預貯金は得られませんので、今後の生活費に大きな不安を感じることになってしまいます。
他方、Yが預貯金2000万円、Zが自宅を取得するのでは、Yは生活費に困ることは当面ないとしても、自宅から出て行かなければならなくなってしまいます。
配偶者居住権がなく、通常の相続によると、この様な問題が発生することがあるのです。
Q2.配偶者居住権が認められたことによって、具体的にどの様に変わるのですか。
A2.配偶者居住権は、この事案における自宅建物につき、「自宅に住む権利」と「配偶者居住権の負担付きの所有権」に分けて、それぞれを別の相続人が取得することとして、配偶者が「自宅に住む権利」を取得して、引き続き自宅に住むことができるという権利です。
つまり、Yは「自宅に住む権利」即ち配偶者居住権を取得し、Zは「配偶者居住権の負担付きの所有権」即ち配偶者居住権が設定された所有権を取得することになります。
そして、配偶者居住権が認められた場合、この事案において、仮に配偶者居住権の価格を1000万円としますと、2人が取得される相続財産は、
Y・・・配偶者居住権(1000万円)及び預貯金1000万円
Z・・・配偶者居住権の負担付の自宅所有権(1000万円)及び預貯金1000万円
となります。
A1.の場合と比較しますと、Yは自宅に引き続き居住できる上に、預貯金をより多く取得できることになりますから、生活費の不安も解消され、A1.で述べた問題も発生しません。
Q3.この配偶者居住権が認められることになった経緯は、どの様なものですか。
A3.最高裁判所が平成15年9月に示した判断が大きなきっかけであった、と言われています。
その事案は、遺産分割において、結婚している男女の間に生まれた「婚内子」と、結婚していない男女の間に生まれた「婚外子」とで、取得できる財産の割合が違うのは、法の下の平等(日本国憲法第14条第1項で定められています。)に反するとしたものでした。
これにより、婚外子も婚内子と平等に相続する権利があると認められたことになる訳ですが、そうなると、夫が亡くなった後、仮に夫に婚外子が居た場合に、具体的に相続財産を分配するに際して、妻が自宅を売却しなければならなくなる(預貯金だけでは子に相続分相当額の分配をするには足りなくなり、自宅の売却代金をも宛てなければならなくなる場合が考えられます。)可能性があるということになり、配偶者(この場合の妻)を保護するための法制度が考えられるに至った、ということです。
Q4.配偶者居住権は、どの様にして設定・取得できるのですか。
また、配偶者居住権の価格は、どの様にして決めるのですか。
A4.配偶者居住権は、被相続人の遺言によって設定・取得できますが、遺言がなかったとしても、相続人間の遺産分割協議によって設定・取得することができます。
また、このどちらも無い場合でも、家庭裁判所の審判によって設定することが認められています。
但し、この配偶者居住権が施行されるのは2020年4月1日ですので、これより前に相続が開始した場合(つまりこれより前に被相続人が亡くなった場合です。)には配偶者居住権を設定することはできません。
また、相続の開始が2020年4月1日より後であった場合でも、配偶者居住権を設定する遺言の作成日が2020年4月1日より前であった場合には、その遺言の配偶者居住権についての記述は無効となってしまい、やはり配偶者居住権を設定することはできません。
以上のことから、被相続人がいつ亡くなったのか、遺言の作成年月日はどうなっているのか、よく注意する必要があります。
配偶者居住権の価格については、建物の残存耐用年数や、配偶者の平均余命等を考慮して、算出されることになります。詳細は、法務省ホームページの「配偶者居住権について」をご覧下さい。
配偶者居住権については、他にも触れておきたい点がありますので、次回はそれと、配偶者短期居住権についてお話ししたいと思います。
それでは、皆様、次回をお楽しみに。