2013.11.13
「成年後見」と遺産相続
皆様、秋も深まって参りましたが、お変わりございませんか。
暑い夏が終わったと思えば急に寒くなったり、台風が日本列島を縦断して各地に多大な被害を及ぼしたり、本当に最近の気候の変動は極端で、皆様も体調管理に苦労されているのではないかと思っております。
さて、今回は、成年後見について一つの事例をあげて、これに関する諸問題を考えて参りたいと思います。
この度、父(甲)が死亡しました。相続人は、母(乙)、私(丙)及び弟(丁)の3人で(丙、丁はいずれも成人)、相続財産は、甲名義の自宅の土地建物と、郵便貯金500万円です。負債は特にありません。
しかし、丁は精神疾患があり、成年後見人の選任の必要があるようです。母は高齢ですので、私が成年後見人になる予定です。
Q1.丁の成年後見人に丙が選任された場合に、死亡した甲の遺産分割を乙、丙(丙自身と、丁の成年後見人との双方の立場で)のみですることはできますか?
A1:成年後見人の仕事は、「生活・療養看護」と「財産管理」の二つに大きく分けることができます。そして、後者の「財産管理」という職務の中には、単なる財産管理行為のみならず、被後見人の財産行為について、包括的な代理権を行使することも含まれます。
そこで、ご質問の件ですが、父親(甲)の残した財産を相続人間の協議によって個別具体的に分けることを遺産分割といいますが、これは、相続人全員で原則自由に行うことができます。しかし、その相続人の中に丁のような成年後見人の選任が必要な人が含まれる場合には、その人には正常な判断を期待することができず、自己に不利益な遺産分割がなされる可能性がありますので、家庭裁判所で選任された成年後見人が丁の代わりに他の相続人と一緒に遺産分割をすることになります。
しかし、設例のように、丁の成年後見人の兄である丙が選任された場合にも同じように考えて、乙・丙2人で遺産分割することは可能なのでしょうか。つまり、丙は、甲の相続人としての丙独自の立場と、相続人丁の成年後見人としての立場とを兼ねる立場で、甲の相続財産を協議の上分けることができるか、ということです。
結論から先に申し上げますと、丙は、相続人独自の立場で遺産分割に参加することは当然できますが、相続人丁の成年後見人の立場で、丁を代理して遺産分割をすることはできません。したがって、乙・丙2人で甲の遺産分割をすることはできません。
これは、利益相反といって、乙・丙・丁で遺産分割する場合は、3人の利害が対立する場面も充分想定されますので、3人が充分に自己の分割行為の結果を予測する能力がなければ、不平等になると考えられるからです。すなわち、丙が、丙と丁の双方の立場で遺産分割協議をすることは、丙の利益のために丁の利益を犠牲にする恐れがありますから、正常な遺産分割を為し得ない可能性がある、ということで、法律で一律に禁止しているのです。したがって、一見、丁に有利に見える遺産分割をする場合でも、丙は丁の成年後見人として代理行為をすることはできないのです。
Q2.前問の結論のように、乙・丙2人で遺産分割ができないとすれば、他の方法はありますか?丁の成年後見人にはあくまで私(丙)がなる予定なのですが。
A2:前問のように、乙・丙2人で遺産分割することはできませんが、別途、甲の財産を分割する方法はあります。それは、遺産分割のように、丙と丁の利害が対立するような場合には、丁のために家庭裁判所で「特別代理人」を選任してもらう、という方法です。
丙は、丁の成年後見人ですが、成年被後見人である丁との間で特定の利害が対立する場面にのみ、利害の対立しない者を特別代理人に選任してもらい、乙、丙と丁の特別代理人の3人で遺産分割協議をすることになります。
ただし、丙を成年後見人に選任すると同時に、成年被後見監督人が選任されている場合には、後見監督人が丁を代理することになりますので、特別代理人の選任は不要です。
そして、この特別代理人の選任を家庭裁判所に申し立てる場合には、丙が丁の成年後見人に選任され、その審判が確定していることが前提です。したがって、丙を成年後見人に選任してもらう申立と同時に、丙が成年後見人に選任されることを前提として、丁の特別代理人の選任申立を家庭裁判所にすることはできません。
Q3.前2問の結果、家庭裁判所において、丁の成年後見人に丙が選任され、また、甲の遺産分割をするための特別代理人として、知人(戊)が選任されました。そこで、甲の遺産分割の協議を、乙・丙・戊ですることになりましたが、丁以外の相続人間では、丙に遺産の全てを承継させるという方向で話がまとまっております。この場合、丁の特別代理人の戊は、このような内容の遺産分割に応じることはできるのでしょうか?
A3:丁の特別代理人の戊は、本人丁の利益を確保する行動をとる義務があります。したがって、甲の全財産から丁の法定相続分を下回るような遺産分割をすることは、相応の理由がない以上、すべきではありません。
設例では、相続財産は不動産と郵便貯金とありますが、不動産は丙に、郵便貯金は全額丁にする、という遺産分割も一つの方法かと思われます。
ちなみに、家庭裁判所に特別代理人の戊の選任申立をする際に、遺産分割協議案を添付しますので、丁の相続分を「0」とする選任申立には、その時点でチェックがかかると思われます。