2016.09.21
相続放棄の手続について(前編)
皆様、朝夕はやっと涼しくなりましたが、日中はまだまだ暑い日が続いております。
今夏は本当に暑く、又、台風がいくつも上陸したりで、具合を悪くされた方も多いのではないでしょうか。季節の変わり目、体調管理には万全を期していただきたいと思います。
さて、今回は「相続放棄」の手続について、前編(9/21公開)・ 後編(10/5公開)の2回に分けて、事例式で述べてみたいと思います。
前編の今回は、下記事例の兄(A)の家族を中心に考えていきます。
(事 例)
私(H)は、兄(A)と共に会社を経営しておりますが、会社の業績が不振で、多額の負債をかかえており、特に、兄のAは代表者ですので、個人的にも多くの連帯保証債務をかかえております。
そのような状況の中、兄Aが先日急逝いたしました。遺言は作られていませんでした。
私としては、会社の立て直しも視野に入れ、再建に向けて、兄Aの財産(自宅不動産及び会社の株式)及び負債を承継したいと思っております。
親族関係を図示しますと、下記のようになります。
Q1.兄Aの家族が、兄の負債を受け継がないようにするためには、どのような手続をする必要があるのでしょうか。
A1:遺言がないとのことですので、この家族構成では、お兄様(A)の相続人となるのは配偶者とその子となりますから、本件ではB・C・Dの3名が相続人となります。
ところが、相続というのは、被相続人名義の預金や不動産のようなプラスの財産だけでなく、被相続人の負債のようなマイナスの財産についても、すべて相続人が受け継ぐことになります。
したがって、本件では、Aの家族は、相続によって自宅不動産を取得することにはなるのですが、Aがかかえていた多額の負債も受け継ぐことになります。
そうしますと、妻(B)の返済能力(資産状況)にもよりますが、通常通りに自宅不動産を相続によって取得されても、Aが多額の負債をかかえていたとのことですので、結局、自宅不動産を負債の返済の原資として売却せざるを得なくなる可能性が高く、それでもなお負債が残った場合には、相続人はその負債を返済していかなければならなくなります。これでは、相続をしたばかりに、自宅を失った上に残された債務も返済し続けなければならない、という非常に困難な事態になりかねません。
ここで活用できるのが、「相続放棄」の制度です。
これは、相続人が「被相続人のプラスの財産もマイナスの財産も一切受け継がない」という制度です。本件のように相続が発生した時点で明らかにマイナスの財産がプラスの財産を超過する可能性が高い場合はもちろん、プラスの財産が多い場合でも、相続人の自由な選択によって相続を放棄することができます。
この相続放棄をした者は、最初から相続人ではなかったものと扱われます。
さて、本件の場合、Aの家族全員(B・C・D)が相続放棄すれば、自宅不動産は取得できなくなりますが、Aの多額の負債の返済は免れることができます。
ただし、民法上、相続放棄ができる期間は、「自己のために相続の開始があったことを知ったときから3か月以内」と規定されています。本件の場合は、Aの家族は、Aが亡くなった時に、相続の開始があったことを知ることになりますから、「Aが死亡してから3か月以内」に相続放棄する必要があります。
Q2.兄Aの子C・Dのうち、Cは成人しているのですが、Dはまだ高校生で未成年者です。この場合、相続放棄の手続はどうすればよいのでしょうか。
A2:相続放棄は、家庭裁判所に対してしなければならないとされており、その手続は、家庭裁判所では「相続放棄の申述」と呼ばれています。
そして、相続放棄の申述は、「被相続人の最後の住所地を管轄している家庭裁判所」に対してしなければならないとされており、本件では「Aが死亡した時の住所を管轄している家庭裁判所」となります。
申述の書類は、家庭裁判所に備え付けられていますが、裁判所のWEBサイトからもダウンロードできます。
詳しくは、裁判所のWEBサイトをご覧いただきたいのですが、相続人1人につき1通の申述書を作成することになりますから、本件では、B・C・Dにつき、それぞれ1通ずつ申述書を作成することになります。
通常は、申述書には、申述人(相続放棄をする相続人)本人が署名し、必要事項を記入することになります。 しかし、Aの家族のうち、妻(B)と成人の子(C)はご自身で署名・記入できますが、未成年の子(D)については、ご自身が単独で署名・記入することはできません。民法では、未成年者は、法定代理人の同意なく単独で相続放棄をすることはできないとされているからです。
したがって、Dの申述書については、法定代理人であるBが、「D法定代理人B」として署名し、作成することになります。
ただし、ここで注意して頂きたいのは、Bが「D法定代理人B」としてDの相続放棄の申述書を作成・提出して、B自身は相続放棄せず、申述書を作成・提出しない、ということは認められない、ということです。
なぜなら、このような申述を認めると、Bが自分の相続分を増やすために、Dが相続によって得られるはずの利益を犠牲にして、法定代理人の立場でDに相続放棄させる可能性が一般的に想定されることになり、不都合だからです。
例えば、配偶者と未成年の子供1人が相続人の場合ですと、配偶者が子供のみ相続放棄させることを認めると、配偶者と第二順位あるいは第三順位の相続人との相続となる結果、子供の相続の利益が犠牲となって、配偶者の相続分が、2分の1(配偶者と子供1人の場合)から、3分の2(配偶者と第二順位の相続人の場合)あるいは4分の3(配偶者と第三順位の相続人の場合)に増えることになってしまいます。
そこで、このような事態を防止するために、法定代理人が未成年の子のみ相続放棄させ、自分は相続放棄しない、というような相続放棄は認められていないのです。
しかし、法定代理人が未成年の子と同時に自分も相続放棄するのであれば、このような事態にはなりませんので、このような相続放棄は認められています。
なお、実務では、この考え方を一律に当てはめて、本件のように負債の方が多い場合でも未成年の子供のみの相続放棄の申述を認めていません。
したがって、必ずB自身の申述書とDの申述書を併せて作成・提出して下さい。
Q3.今回、Aの配偶者B及び未成年の子Dは相続放棄をする意向ですが、成年の子Cは放棄しない場合、相続人は誰になりますか。
A3:A1.で申し上げました通り、本件ではAの遺言がありませんので、Aの相続人は配偶者Bと子C・Dということになります。
そして、相続放棄をした者は最初から相続人ではなかったものと扱われますので、B及びDは相続放棄をしたが、Cが相続放棄しないままAが死亡してから3か月経過しますと、Cは相続放棄ができなくなりますから、Aの相続人はCのみとなります。
この場合には、第一順位の相続人である「子」が相続していますので、第二順位の相続人(E・F)及び第三順位の相続人(G・H)は考慮する必要はありません。
さて、次回公開は、2016年10月05日(水)「相続放棄の手続について(後編)」を予定しています。
次回は、同事例の「私」や「私の両親・姉」の手続と、相続放棄の申述が認められるまでの流れ・費用など、具体的な手続についてお話します。