法律コラム

2016.10.05

相続放棄の手続について(後編)

皆様、日に日に秋も深まってまいりましたが、いかがお過ごしでしょうか。

さて、今回は前回のコラム、「相続放棄の手続(前編)」に引き続き、相続放棄の手続について、下記事例の「私(H)」の家族を中心に、具体的な手続について考えていきます。

(事 例)

私(H)は、兄(A)と共に会社を経営しておりますが、会社の業績が不振で、多額の負債をかかえており、特に、兄のAは代表者ですので、個人的にも多くの連帯保証債務をかかえております。
そのような状況の中、兄Aが先日急逝いたしました。遺言は作られていませんでした。
私としては、会社の立て直しも視野に入れ、再建に向けて、兄Aの財産(自宅不動産及び会社の株式)及び負債を承継したいと思っております。

親族関係を図示しますと、下記のようになります。

相続放棄手続について

Q1.私(H)は、兄のAと共に会社を経営している立場上、兄Aの財産及び負債を相続したいと考えており、また、兄Aの家族全員だけでなく、両親(E・F)や私の姉(G)も相続放棄をしたいと考えている場合には、相続放棄の申述はどのようにすればよいでしょうか。

A1:確かに、相続放棄をした相続人は最初から相続人ではなかったものと扱われます。
しかし、Aの家族全員だけでなく、あなたの両親や姉も相続放棄したいとお考えであるとしても、皆さんが全員同時に相続放棄を申述できる訳ではありません。

民法では、被相続人(本件のA)の配偶者(本件のB)は、常に相続人となるとされており、その他の相続人については、

  • ①第一順位 被相続人の子 →本件のC・D
  • ②第二順位 被相続人の直系尊属(父母・祖父母・曾祖父母など) →本件のE・F
  • ③第三順位 被相続人の兄弟姉妹 →本件のG・H(あなた)

という優先順位で、①に該当する相続人がいないときに②の相続人が、①に該当する相続人も②に該当する相続人もいないときに③の相続人が、それぞれ相続人となると規定されています。
そして、相続放棄の手続も、この相続人の順位をあてはめて、配偶者と第一順位の相続人から順番に進めていくことになります。

つまり、本件の場合は、

  • ①配偶者(B)とAの子(C・D)が相続放棄をする。
    これにより、配偶者と第一順位の相続人がいない場合と同じ結果となり、第二順位の相続人が相続放棄するか否かを選択できることになります。
  • ②Aの直系尊属(E・F)が相続放棄をする。
    これにより、第二順位の相続人がいない場合と同じ結果となり、第三順位の相続人が相続放棄するか否かを選択できることになります。
  • ③Aの兄弟姉妹(G)が相続放棄をする。
    • これにより、第三順位の相続人Gがいない場合と同じ結果となります。
      という①②③の順番で、3段階に分けて家庭裁判所の相続放棄の手続を進めていくことになるのです。

      なお、前編のA1.で、相続放棄ができる期間については、「自己のために相続の開始があったことを知ったときから3か月以内」であり、本件のB・C・Dについては「Aが死亡してから3か月以内」であると申し上げましたが、E・F・Gについては、この期間の起算点が違ってまいります。

      つまり、E・Fは、第一順位の相続人がいない場合に初めて相続放棄するか否かを選択できることになりますから、「自己のために相続の開始があったことを知ったとき」とは、「B・C・Dが相続放棄をしたことを知ったとき」となります。
      したがって、E・Fは、「B・C・Dが相続放棄をしたことを知ったときから3か月以内」に相続放棄の申述をしなければならないことになります。

      また、Gは、第一順位の相続人も第二順位の相続人もいない場合に初めて相続放棄するか否かを選択できることになりますから、「自己のために相続の開始があったことを知ったとき」とは、「E・Fが相続放棄をしたことを知ったとき」となります。
      したがって、Gは、「E・Fが相続放棄をしたことを知ったときから3か月以内」に相続放棄の申述をしなければならないことになります。

      したがって、手続が3段階に分かれるだけでなく、皆さんが相続放棄できる期間の起算点も一律ではありませんので、非常に面倒ではありますが、あなただけがAの財産を相続するためには、このような進め方で相続放棄の申述をする必要があります。

Q2.私の両親(E・F)は高齢で、家庭裁判所に出向く体力がありません。また、私の姉(G)は、私や兄とは遠く離れた所で生活しています。このような場合、相続放棄の申述はどうすればよいでしょうか。

家庭裁判所

A2:前編のA2.で申し上げました通り、相続放棄の申述はAが死亡した時の住所を管轄している家庭裁判所にしなければなりません。

しかし、高齢の両親や、遠方で生活されている兄弟姉妹のように、この家庭裁判所に直接出向くことが難しい場合もありますので、相続放棄の申述書を家庭裁判所に郵送して提出することが認められています。
ですから、あなたの両親や姉は、裁判所のWEBサイトから、相続放棄の申述書をダウンロードして、ご署名・ご記入された上、Aが死亡した時の住所を管轄している家庭裁判所に申述書を郵送するとよいでしょう。

Q3.相続放棄の申述が認められるまでには、どのような手続があるのでしょうか。

A3:相続放棄が認められるまでの手続の流れは、次のようになっています。

(1)家庭裁判所に直接出向いて申述書を提出された場合

この場合、事案にもよりますが、裁判所によっては、その日のうちに相続放棄が認められ、相続放棄の申述を認める「相続放棄申述受理の審判」がなされることもあるようです。
子も相続放棄する場合、法定代理人と共に出向くのが望ましいですが、未成年の子の場合は、法定代理人だけが出向いてもよいようです。

なお、家庭裁判所に直接出向く場合、本人確認のため、身分証明書(運転免許証・パスポート・健康保険証など)の提示を求められます。

また、手続処理の関係で、その日のうちに審判がなされるのは所定の時間帯になされた申述に限定されている家庭裁判所もあるようですので、申述をされる家庭裁判所に問い合わせて確認して下さい。

そして、その日のうちに審判がなされる場合には、別室(即日審判廷という名前になっている裁判所もあります)で「相続放棄申述受理通知書」という書類を受け取ることができますが、手続処理の関係で、受け取りまで時間がかかることがありますので、ご注意下さい。

(2)申述書を家庭裁判所に郵送された場合、及び(1)でその日のうちに相続放棄申述受理の審判ができなかった場合

このような場合には、後日、家庭裁判所から「照会書」が郵送されますので、相続放棄をする本人が照会書に対する回答を記入して、家庭裁判所に返送することになります。

相続放棄するか否かは相続人の自由ですので、「私は相続放棄します」という意思を確認する必要があるため、回答の際には相続放棄をする本人のご署名・ご捺印が必要となります。

通常は、家庭裁判所がこの回答を受けて相続放棄申述受理の審判をします。
そして、相続放棄申述受理通知書が家庭裁判所より郵送されることになります。
なお、照会書に対する回答について、家庭裁判所がさらに審問をするために申述人を呼び出すことがありますが、そのようなケースは滅多になく、ほとんどは家庭裁判所との書面のやり取りのみで手続が終わっているようです。

Q4.相続放棄の申述の費用や、本件で添付する書類について教えて下さい。

家庭裁判所

A4:まず、費用ですが、申述する人1人につき、収入印紙800円が必要です。これは全国どの家庭裁判所も共通です。
また、郵便切手も納付する必要がありますが、郵便切手の種類や枚数は家庭裁判所によって違いますので、申述をされる家庭裁判所に問い合わせて確認して下さい。

次に、本件のケースで添付する書類について申し上げます。

(1)常に必要となる書類
※申述する相続人がどの相続順位(A3.で申し上げた相続順位です)に当たるかに関係なく必要です。

  • ①被相続人(A)の住民票の除票または戸籍の附票
  • ②申述する相続人の戸籍謄本(B・C・D・E・F・G)

そして、相続人の相続順位に応じて、これらに加えて下記が、それぞれの場合に必要とされています

  • (2)申述する相続人が配偶者(B)及び第一順位の相続人(C・D)の場合
    ③被相続人(A)が死亡した旨の記載がある戸籍(除籍・改製原戸籍)謄本
  • (3)申述する相続人が第二順位の相続人(E・F)の場合
    ④被相続人(A)が生まれた時から亡くなった時までの全部の戸籍(除籍・改製原戸籍)謄本
  • (4)申述する相続人が第三順位の相続人(G)の場合
    ⑤被相続人(A)が生まれた時から亡くなった時までの全部の戸籍(除籍・改製原戸籍)謄本(④と同じもの)

しかし、本件の場合は、後にE・F・Gの申述が続きますので、B・C・Dが申述する段階で、④・⑤の戸籍(除籍・改製原戸籍)謄本を提出するとよいでしょう。

そうしますと、後の順位の相続人の申述の添付書類が、先の順位の相続人の申述の段階で既に提出されていることになり、添付書類が重複することがあります。
このような場合には、後の順位の相続人の相続放棄の申述の際には重複する書類の添付が不要となり、再度同じ戸籍謄本などを取り寄せる必要はありません。

司法書士
渡辺 拓郎
渡辺拓郎事務所 代表
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