2017.03.29
遺贈と死因贈与について
皆様、この頃は、寒暖の差の大きい日々が続いておりますが、いかがお過ごしでしょうか。
さて、今回は、遺贈と死因贈与について、述べて参りたいと思います。
(事 例)
私(X)は、ある男性(A)と20年間内縁関係にあります。
彼は、自分が死んだ後の私のことを考えて、「自分の名義の自宅の土地・建物はXに与える。」という内容の書面を書いてくれました。
彼には妻子はおりません。また、彼の両親(D・E)は既に亡くなっていますが、弟(B)と妹(C)がおり、各々独立して生活しています。
Q1.その後、Aは死亡しました。Aが書いてくれた書面が、全てAの自筆による「遺言書 私名義の自宅の土地と建物をXに与える。 平成〇〇年〇月〇日 A」というもので、Aの捺印もされている場合には、私はAの名義の自宅の土地と建物を取得できるでしょうか。
A1:遺言という一方的な意思表示によって、他人に無償で財産を与えることを、「遺贈」といいます。この遺贈は、相続人に対して行われることもありますが、相続人ではない個人や団体に対して行われることもあります。
あなたはAさんと内縁関係にあったとのことですので、Aさんの相続人ではありませんが、この遺贈を受けることができます。
遺贈は、遺言の形式によりますので、民法の遺言の規定が適用されます。
したがって、遺言者が自分で作成する自筆証書遺言の場合には、下記の全ての要件を充たさなければなりません。
①遺言の全文を遺言者が自分で書いていること(自書)
②作成された日付を遺言者が自分で書いていること(自書)
③遺言者の氏名を遺言者が自分で書いていること(自書)
④遺言者が捺印していること
これらのうちの1つでも欠けていると、遺言は有効になりませんので、遺贈は無効となります。
また、これは民法では要件とされていませんが、紛失したり、内容が漏れたりしないように、「遺言」と表書きした封筒に入れて封緘しておくことが望ましいでしょう。
そうしますと、Aさんの遺言書は、Aさんの自筆によるもので、日付・署名・捺印もAさんが自分でなさっているとのことですので、有効であるといえます。
したがって、あなたはAさんから遺贈を受けることができます。
また、Aさんには配偶者や子がおらず、両親も亡くなっているとのことですので、Aさんの相続人は弟のBさんと妹のCさんとなりますが、兄弟姉妹が相続人の場合には、遺留分はありませんから、遺留分減殺請求の問題も生じません。
遺留分につきましては、バックナンバー(2015.09.16)のコラム末尾(ことばの説明)をご参照下さい。
なお、Aさんの遺言は自筆証書遺言ですので、家庭裁判所での検認の手続きが必要となります。あなたは相続人ではありませんので、相続人のBさん及びCさんと一緒に検認に立ち会うことになります。Aさんの遺言書の他、被相続人の出生から死亡までの戸籍謄本、相続人(Bさん及びCさん)の戸籍謄本が必要となりますので、Bさん及びCさんに取り寄せをお願いすることになります。
この検認を経て、あなたは、遺贈によるAさん名義の自宅の土地・建物の所有権移転登記を申請することができます。
この登記は、Aさんが遺言書で遺言執行者を指定していれば、あなたと遺言執行者の共同申請となりますが、遺言執行者が指定されていなければ、あなたと相続人のBさん及びCさんとの共同申請となります。
Q2.Q1とは異なり、Aが書いてくれた書面が、私と取り交わした「自分が死んだら、自分の名義の自宅の土地・建物をXに与える。」というAの死亡を条件とした契約書であったという場合に、Aが死亡したらどうなるのでしょうか。
A2:贈与は、贈与をする人(贈与者といいます)が自分の財産を無償で相手方に「あげる」という意思表示をして、贈与を受ける人(受贈者といいます)がこれを「もらう」という承諾をすることによって成立する契約です。
この贈与契約を、贈与者が死亡することを条件として効力を生じることとするのが、「死因贈与契約」です。
あなたは、Aさんと「自分が死んだら、自分の名義の自宅の土地・建物をXに与える。」という契約書を取り交わしていますので、ここに、Aさんの「あげる」という意思表示と、あなたの「もらう」という承諾があり、かつ、Aさんの死亡が契約の条件となっていますから、Aさんとあなたとの間に死因贈与契約が成立すると言えます。
したがって、あなたは、死因贈与による、Aさん名義の自宅の土地・建物の所有権移転登記を申請することができます。
死因贈与契約においても、民法の遺贈の規定にしたがって執行者を指定することができると考えられていますので、この登記は、Aさんが執行者を指定していれば、あなたと執行者との共同申請となりますが、指定されていなければ、あなたと相続人のBさん及びCさんとの共同申請となります。この点は、遺贈の場合と同じです。
しかし、遺贈と異なるのは、死因贈与の場合には、贈与者の生前に「死因贈与契約による仮登記」(始期付所有権移転仮登記といいます)を申請することができるという点です。これは、死因贈与契約の締結後に、受贈者の知らない間に、贈与者が贈与の対象となる不動産を第三者に売却するようなことがあっても、受贈者の権利を守ることができる、という効果があるものです。Q1の遺言による遺贈では、このような仮登記はできません。
Q3.Q1のケースで、遺言書が、Aがパソコンのワープロソフトで作成してプリントアウトしたものにAの捺印がされたものであった場合は、どうなるのでしょうか。
A3:この場合は、A1で述べた①②③④の要件のうち、④しか充たされていません。
民法がこれだけの厳格な要件を規定しているのは、遺言書の偽造を防ぐためです。ワープロソフトで作成した文面では、遺言者以外の第三者が内容に手を加えたとしても、それが偽造されたものか否かは、客観的には容易に判別できません。
「Aが自分のパソコンのワープロソフトを使って自分の意思で作ったのだから、Aの自筆とはならないのか?」と思われるかもしれませんが、ワープロソフトで作成された遺言書は、自筆証書遺言の要件を充たさないものとして無効となります。
この点につきましては、バックナンバー(2014.03.19 Q1.A1)も、あわせてご参照下さい。
したがって、Q3の場合に、BさんとCさんが「兄の遺言書は無効だ。」と主張した場合には、その主張は法的に正当なものとなります。
では、BさんとCさんが、あなたに対して「兄の遺言書は無効だから、兄の土地と建物を明け渡して出て行け。」と主張したら、あなたは土地と建物を明け渡すしかないのでしょうか。
確かに、Q3の場合は、自筆証書遺言としては無効ですから、あなたは遺贈を受けることはできません。
しかし、遺言書が遺言者の真意に基づくものであるにもかかわらず、民法の定める要件を充たしていないというだけで全ての遺言が無効となってしまうのは妥当とは言えません。そこで、「遺言としては無効であるが死因贈与契約としては有効である」として、遺言書の内容通りの効果が認められる場合があるとされています。
常に遺言書の内容通りの効果が認められる訳ではありませんので、ご注意頂きたいのですが、実際の裁判例においても、民法の定める要件を充たしていないので自筆証書遺言としては無効であるとされたものの、遺言者が受贈者に対して遺言の内容を伝えていて、受贈者がこれを承諾していたと認定した上で、死因贈与契約が成立していたとして、遺言書の内容通りの効果が認められたケースがあります。
したがって、あなたが、生前にAさんから遺言の内容を聞いて、承諾していた場合には、BさんとCさんの主張に対して、A2で述べました死因贈与契約が成立していたとの反論が認められ、Aさん名義の自宅の土地・建物の所有権を取得できる可能性があると考えられます。
Q4.遺贈と死因贈与は、よく似ているようですが、他にどのような違いがあるのでしょうか。
A4:遺贈も、死因贈与も、「与える」側の人が死亡することによって効力が発生する点は共通していますが、大きく異なる点としては、次の通りです。
まず、遺贈が、遺言という一方的な意思表示によるものであるのに対し、死因贈与は、贈与をする人の「あげる」という意思表示と、贈与を受ける人の「もらう」という承諾によって成立する契約である、という点が異なります。
次に、遺贈は、遺言の形式によりますので、今回のような自筆証書遺言では、A1でも述べました通り、民法の規定する要件を1つでも充たさないと無効になってしまいますし、公正証書で作成する場合には、証人2人の立会も必要となります。その上、家庭裁判所での検認の手続きも必要となります。これに対し、死因贈与では、特に形式は要求されていませんので、普通の契約書の形式で足りますし、公正証書で作成するとしても証人の立会は不要です。また、家庭裁判所での検認も不要です。
その他、税金(相続税を除きます)にも違いがある場合があります。
まず、不動産取得税についてみますと、遺贈は相続と同様に考えられているため、相続人に遺贈した場合には課税されませんが(今回のケースは相続人以外の人への遺贈ですので、課税されることになります)、死因贈与は相続による取得ではありませんので、常に課税されます。
次に、登記する場合の登録免許税についてみますと、遺贈は相続に準じた扱いとなりますので、相続人に遺贈する場合の税率は1000分の4となりますが(今回のケースは相続人以外の人への遺贈ですので、税率は1000分の20となります)、死因贈与の場合の税率は、常に1000分の20となります。