法律コラム

2018.04.24

自筆証書遺言について(2)②

今年は記録的な大雪になったり急激に暖かくなったりして、体調を崩しやすい天候が続きましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか。
さて、今回は前回に引き続き「自筆証書遺言」において想定される色々なケースを、次の3つのQ&Aを通して、それが有効な遺言となるのか否かについて考えて参りたいと思います。

Q1. 私の祖父が亡くなりました。その後祖父の貸金庫から「遺言」と書いてある封筒が見つかりましたので、家庭裁判所の検認を経て開封したところ、書道の有段者で非常に達筆であった祖父が、印鑑を押す代わりに花押(かおう※)を書いていたことが分かりました。この遺言は有効でしょうか。
※花押とは、署名の下に書く判で、書判(かきはん)ともいいます(広辞苑)。自署(サイン)を簡略な形にしたものです。

A1. 民法第968条第1項は、自筆証書遺言の要件として、遺言者がその全文、日付及び氏名を自書し、これに印を押さなければならないと規定し、押印が必要とされています。そこで、自筆証書遺言による遺言書に印鑑による押印がなく、花押が書いてあった場合に、この民法の要件を充たすのかが問題となります。

この点について、平成28年6月3日に最高裁判所の判決が出されました。この判決で最高裁判所は、
① 押印は、遺言書の全文を自書することと併せて、遺言者の真意を担保するためのものであること。
② わが国では、重要な書類については、その書類を作成する人が署名・押印することによって書類が完成すると一般的に考えられており、印鑑を押す代わりに花押を書くという慣例があるとは言えない。
として、花押は押印には当たらないと判断しました。

前回のコラムでも申し上げましたが、民法は自筆証書遺言の要件について厳格に規定していますので、要件を充たすか否かは明確である必要があると言えます。しかし、印鑑は欠けたりしない限りは時間が経っても変わらないのに対して、花押はその都度書くものですから、書くたびに微妙に形が違ってくる可能性は否定できません。そのため最高裁判所はこの様な判断をしたと考えられます。
従って、この最高裁判所の判決によりますと、お祖父様の遺言は押印がないものとして無効となります。

Q2.私(X)は認知症となった父の成年後見人となっていました。父は認知症ではありましたが、体調が良い時には昔のことをよく思い出して話していました。その父が入所していた特別養護老人ホームで亡くなりました。老人ホームの所長さんは体調の良い時に父が書いたという遺言書を預かっていてくださいました。その遺言書には「私の土地と家をXにあげる。 私の90さいのたんじょう日」と書いてあり、父の署名と拇印がありました。たどたどしい字ではありましたが、父が一生懸命に自分で書いたものに間違いありませんでした。この遺言は有効でしょうか。

A2.前回のコラムでも申し上げました通り、自筆証書遺言を作成する場合には次の4つの重要な作成要件があり、これらの全てを充たしている必要があります。

(1)遺言者が遺言の全文を自書すること
(2)遺言者が日付を自書すること
(3)遺言者が氏名を自書すること
(4)遺言者が遺言書に押印すること

お父様の遺言にこれらの自筆証書遺言の要件をあてはめてみますと、全文がお父様の自筆で書かれていますので(1)の要件は充たされています。また、遺言の日付については遺言成立の日が確定できる記載であればよいとされており、「私の90さいのたんじょう日」という記載でも遺言成立の日を確定できますから(2)の要件も充たされています。また、お名前もご自分で書かれていますから(3)の要件も充たされています。さらに、押印は「拇印」でも良いとされていますので(4)の要件も充たされています(最高裁判所の判例でも認められています)。
そうしますと、自筆証書遺言の要件を全て充たしていますので、本来であれば遺言は有効となるところです。しかし、お父様は成年被後見人(成年後見人が選任されている場合の「本人」のことです)となっています。そのため、上記の要件以外にさらに充たさなければならない要件があるのです。

成年被後見人は、日用品の購入といった日常生活に関する行為を除き、原則として単独でできる行為はないとされているのですが、民法では、例外的に遺言については成年被後見人も単独でできると定めています。但し無条件でできる訳ではなく、「事理を弁識する能力を一時回復した時」に限られると定めています。これは、遺言をするために必要な判断能力を一時的に回復した時とお考えいただけると良いでしょう。
そして、成年被後見人がこの判断能力を回復したことを客観的に証明するために、民法第973条において、医師2人以上が遺言作成の場に立会い、遺言作成時に遺言者がこの判断能力を有していた旨を遺言書に付記して押印しなければならない、と定められているのです。

従って、お父様の遺言書はこの要件を充たさなければ有効とはなりません。遺言書に、お父様が遺言作成時に遺言作成に必要な判断能力を有していた旨の、立ち会った2人以上の医師の付記と押印がない場合には、無効となります。

Q3.母が亡くなりました。相続人は、子の甲(私)と乙の2名です。母の名義となっていた不動産は自宅と別荘の2か所あり、登記簿に書いてある土地の地番と建物の家屋番号は、
①自宅 A市B町○丁目○○番○○(土地の地番)
    同地上 家屋番号 ○○番○○(自宅の家屋番号)
②別荘 C市D町××番××(土地の地番)
    同地上 家屋番号 ××番××(別荘の家屋番号)
となっていました。ところが、家庭裁判所での検認の際に母の自筆証書遺言を開封してみたところ、地番や家屋番号が正確に書かれておらず、
「私名義の不動産については、次の通り相続させる。
A市B町土地・家屋については甲  C土地・家屋については乙」
としか書かれていませんでした。このような自筆証書遺言を使って相続登記を申請できるのでしょうか。

A3.被相続人名義の不動産が複数ある場合には、相続人がそれぞれどの不動産を相続により取得するかは、非常に重要な問題であり、相続人間の紛争の原因ともなります。お母様はそんな紛争にならない様にと考えられて遺言を作られたのだと思います。しかし、不動産の表記があいまいになっていますと、遺言に記された不動産が本当に①②の各不動産を示すものなのか否かが明らかではないため、この遺言では不動産が特定できないと法務局に判断されて、せっかく遺言書で「○○に相続させる」と書いてあるにも拘わらず、遺言書を使って登記することができなくなってしまいます。

そこでこの様なケースでは、少し面倒ではあるのですが、まずお母様名義の不動産の権利証等や固定資産税等の納付書等を調べてお母様名義の不動産を確認して下さい。
次に、不動産を多くお持ちの方の場合は、各不動産の所在する市区町村役場で「名寄帳証明書」という書類を取り寄せていただくのも一つの方法です。これはその市区町村内にあるその人物名義(このケースではお母様)の不動産が全て記載されている書類で、固定資産評価証明書と同じ窓口で交付請求することができます。そして名寄帳証明書に書かれている不動産と権利証のある不動産とが完全に一致していれば、お母様名義の不動産は他にはないということになりますので、遺言書に記された不動産を特定できることになります。

ちなみに、このケースの「C土地・家屋」という表記では名寄帳証明書と権利証を提示しても、これでは不動産を特定することはできないと法務局から指摘される可能性が高い様に思われます。その場合には、遺言書の記載を補うための「上申書」という書類を別途作成して、相続人の全員が実印を押印しその印鑑証明書を添付しなければならないと解されています。

従って、せっかく遺言書が作成されていても、それを以て直ちに甲及び乙名義に相続登記をすることはできず、結局は遺言書がない時に遺産分割協議をする場合と同様に、相続人全員の実印と印鑑証明書が必要となってしまいます。これでは、遺言書の効果も半減してしまいますね。

司法書士
渡辺 拓郎
渡辺拓郎事務所 代表
一覧に戻る

わからないことがある方

よくあるご質問

ポスタルくらぶサービスセンター

 03-3497-1555

受付時間 9:00~17:00(月~金、祝日除く)

会員の方

ログインして
会員限定サービスを利用する

お電話でのお問い合わせは会員カードに記載のフリーダイヤルへお問い合わせください。

会員カードのご案内

会員の方へ

※お電話でのお問い合わせも承っております。会員専用電話番号は会員カードにてご確認ください。