2019.04.23
自筆証書遺言について(2)③
皆様、今年の冬は、急に暖かくなったと思うと一気に寒くなったりしましたし、インフルエンザの大流行もありましたので、体調管理が大変だったのではないでしょうか。また、暖かくなった途端に花粉の飛散量が一気に増え、花粉症の方にとっては大変な毎日なのではないかと思います。
さて、自筆証書遺言については、本コラムでも何度か取り上げており、直近でも、2017.8・23自筆証書遺言について(2)①と、2018.4・24自筆証書遺言について(2)②の2回にわたって取り上げました。
しかし、その後、民法の相続に関する規定が約40年ぶりに大きく改正され、自筆証書遺言に関する民法の改正箇所については、既に適用が始まっております。
そこで、今回は、自筆証書遺言に関する民法の改正と、これと関連する新しい制度について、述べてみたいと思います。
1. 自筆証書遺言に関する改正
上記の2回のコラムでも申し上げました通り、自筆証書遺言とは、民法では「遺言者が遺言書の全文、日付及び氏名を自分で書き、自分で印鑑を押して作成する遺言である」とされています。
即ち、遺言者の筆跡を手掛かりにして、遺言者が、いつ、どんな内容の遺言をしたかを明らかにする為の方式である、ということができます。
そして、この自筆証書遺言を作成する場合には、次の4つの重要な作成要件があり、これらの全てを充たしている必要があるとされていました。
(1)遺言者が遺言の全文を自書すること
(2)遺言者が日付を自書すること
(3)遺言者が氏名を自書すること
(4)遺言者が遺言書に押印すること
これまでの民法では、このいずれか1つでも欠けていると、自筆証書遺言としては無効とされていました。
ですから、遺言者は、遺言の本文だけでなく、本文に付属する相続財産についての財産目録も含めた、「遺言の全文」を自書しなければならなかったのです。
しかし、遺言の本文だけでなく、相続財産についての財産目録についても、全て遺言者が自書しなければならないということになりますと、特に不動産や株式や預貯金といった相続財産が多数ある場合には、これら全てを遺言者が自書することは、遺言者にとっては相当な負担になります。
そこで、この点について改正がなされ、財産目録については、パソコンで作成したり、預貯金の通帳のコピーを添付したりすることが認められることになりました。
そして、この点についての改正後の民法は、既に平成31年1月13日から適用が開始されています(施行といいます)ので、これから自筆証書遺言を作成しようとされる方は、自書が必要なのは遺言の本文のみとなりますから、これまでより遺言の作成の負担が軽くなると言えます。
但し、次の様な注意点があります。
(1)上記の通り、自筆証書遺言についての改正後の民法は、平成31年1月13日から施行されますので、財産目録をパソコンや通帳のコピーで作成できるのは、平成31年1月13日以降となります。
従って、平成31年1月13日より「前」に作成された自筆証書遺言には、改正後の民法は適用されませんので、従来通り、財産目録を含めた遺言全部を自書しなければ、自筆証書遺言は無効になってしまいます。くれぐれもご注意下さい。
(2)パソコンで作成したり、通帳をコピーしたりして作成した財産目録には、遺言者がその各ページに署名・捺印する必要があります。
また、財産目録が両面印刷になっている場合は、片面だけの署名・捺印では足らず、両面それぞれに遺言者の署名・捺印が必要とされていますので、ご注意下さい。
(3)今回の改正は、自筆証書遺言の本文に財産目録を「添付」する場合についてのものです。
従って、自筆証書遺言の本文と自書ではない財産目録とは、別の用紙に分けて作成する必要があり、同一の用紙において本文に続けて自書ではない財産目録を作成することはできないとされていますので、ご注意下さい。
2.自筆証書遺言の保管制度
自筆証書遺言について、平成32年(2020年)7月10日から新しい制度がスタートすることになりました。
それが、法務局で自筆証書遺言を保管してもらえる制度です。
自筆証書遺言は、遺言者本人が自由に作成できるというメリットがあります。
しかし、その反面、デメリットとして、保管がうまくできずに、作成後に紛失してしまったり、第三者が改ざんや隠ぺいをしたりする危険が挙げられます。
そこで、自筆証書遺言を公的機関で保管する制度を新しく作ることとなり、相続登記の申請との兼ね合いもあって、法務局で保管することとなったのです。
概要は次の通りです。
(1)対象となるのは、自筆証書遺言のみです。
これまでは、自筆証書遺言は、封緘されている必要がありましたが、法務局に保管を申請する場合には、封緘されていない状態である必要があります。これは、申請の際に形式的な不備がないかを確認するためです。
また、これと関連して、自筆証書遺言では、家庭裁判所で封緘を開いて「検認」する必要がありますが、法務局で保管を申請した遺言書については、この検認の手続は不要となります。
(2)保管の申請は、遺言書保管所として法務大臣から指定を受けた法務局のうち、遺言者の住所地または本籍地もしくは遺言者の所有する不動産の所在地を管轄する法務局に、遺言者が直接出向いて行います。
(3)保管の申請のあった遺言書は、原本を遺言書保管所としての法務局内に保管されるとともに、画像情報としても管理されます。
遺言者は、生存中に、保管されている遺言書の原本を閲覧できますが、遺言者以外の人は閲覧できません。
(4)遺言者の死亡後、相続人や受遺者は、自己が相続人や受遺者となっている遺言書が保管されていることの証明書を請求できる他、遺言書の画像情報による証明書や、原本の閲覧・検索ができます。また、相続人の1人が検索をしますと、他の相続人全員に、法務局から通知が届くことになっています。
これにより、「遺言を書いておいた」と被相続人から聞いていたが、家の中を探しても全く見つからなかった、という事態を防げると言えます。
この様に、この制度は、従来の自筆証書遺言の問題点を解消するものであり、検認の手続が不要となるといったメリットもあります。
また、相続人の1人が検索すると、他の相続人全員に法務局から通知が届きますので、結果的に相続登記の申請が促進され、不動産の登記名義人が先代や先々代のままになっているという事態の解消につながる、という効果も期待できると言えるでしょう。
しかし、次の様な問題点もあり、万全とは言えません。
(1)遺言者が法務局に直接出向く必要があるとされており、代理人による保管の申請は認められていません。そのため、病気等で寝たきり状態になっている等の理由で遺言者が法務局に出向くことができない場合には、この制度を利用できないことになります。
(2)遺言者が保管を申請しても、それだけで法務局からその旨が相続人や受遺者に通知される訳ではありませんので、遺言者は、生前に保管の旨を相続人や受遺者に知らせておく必要があると言えます。
(3)通常の自筆証書遺言では、一度遺言を作成した後に内容を変更したいと思った場合には、新たに遺言を書き換えることになり、前の遺言と後の遺言とを照合して、内容の矛盾する箇所については、後の遺言によって撤回されたものとみなされます。従って、相続人は、複数の遺言がある場合は、各々の遺言の内容を照合しなければなりません。
これに対し、保管制度を利用した場合には、遺言者が保管を申請した後で遺言の内容を変更したいと思った場合でも、保管を継続しながら保管中の遺言書を書き換えることは認められていません。その場合には、いったん保管を撤回して(これにより、初めに保管を申請した遺言書のデータは消去されます)、遺言を変更してから、もう一度保管の手続をやり直す必要があります。従って、相続人が検索する遺言は1通しかないことになります。
なお、初めに申し上げました様に、今回の民法の相続の規定の改正は、約40年ぶりの大きなもので、しかも全部一度に施行されず、段階的に施行されることになっていますので、今後も、他の改正された箇所について、順次このコラムで取り上げていきたいと思います。